2週間ほど前、GraSPP のコーディネーターの方から、CAMPUS Asia プログラムで過ごした過去2年半についての短いレポートを提出してほしいと頼まれました。学業面での経験でも、得られた文化的な気づきでも、CAMPUS Asia プログラムを通じて交流した人々についてでもよいとのことでした。お分かりのとおり、この3つのテーマはどれもかなり幅広く、どこから書き始めればよいのか分かりませんでした。
そこで、CAMPUS Asia の出願時に書いた志望理由書を読み返し、2017年の自分がこのプログラムから何を得たいと望んでいたのかを確かめてみました。どうやら、当時の私はかなり野心的だったようです。自分自身の言葉を借りれば、私は「異なる文化的背景を持つ人々とつながり、ネットワークを築くこと」、そして「物事を文脈に即した視点から見る」訓練を積むことを楽しみにしていました。また、成長して実践的な文化資本を身につけ、その結果として新しい自分に出会うことも望んでいました。
この冬に CAMPUS Asia の最後の学期を終えた今は、自分が思い描いていたような成長を達成できたのかどうかを振り返るのにふさわしい時期でしょう。CAMPUS Asia プログラムへの参加は、絶えず変化にさらされることを意味し、その変化に適応しようとする日々は、何かを学ばない日が一日もない旅でした。不思議なほど似ていながら、まったく異なる3つの国で学ぶなかで、CAMPUS Asia 以外のクラスメイトも含め、あらゆる経歴の研究者や学生と関わることができました。彼らは、世界にどれほど多くの知的な人々がいるか、そして物事の見方や理解の仕方がいかに多様でありうるかを思い出させてくれました。東京でも、北京でも、ソウルでも、知的好奇心を刺激する会話や考えさせられる瞬間に事欠くことはほとんどありませんでした。そうした洞察をすべて完全に自分のものにし、必要なときにいつでも応用できる状態にあるとは断言できません。しかし、そのような経験を持てたこと自体が、私にとって重要な財産だと気づいています。ですから、「はい、CAMPUS Asia は期待に応えてくれました」と言えることを、嬉しく——そして安堵とともに——思います。
しかし、ある一点において、この2年半は私の期待を計り知れないほど超えるものでした。それは、CAMPUS Asia を通じて築くことのできた友情の質と深さです。実質的に学期ごとに異なる人たちと学校に通うという、このプログラムの短期的な性格を考えると、知り合いやネットワーク以上に意味のある関係を築ける可能性については懐疑的でした。この推測はすぐに誤りだと証明されました。それどころか、同じように不慣れな人々の集団とともに不慣れな環境で暮らすことは、かえって友情を育みやすいものだったのです。お互いについての情報が初めはほとんど(あるいはまったく)なかったからこそ、私たちは先入観から自由でした。ときには互いだけが頼りだったからこそ、できる限り助け合いました。そしておそらく何より大切なのは、その時間が長くは続かないと知っていたからこそ、絆を深めるひとときを大切にしたことです。今では3カ国すべてに、誰かに話を聞いてほしいときにいつでも連絡できる友人がいます(彼らも同じように思ってくれていることを願っています!)。
この貴重な経験については、各パートナー校のスタッフの皆さんに感謝しなければなりません。3つの異なる学校のそれぞれ異なる履修要件、カリキュラムの重点、年間スケジュールを把握するのはひと苦労でした。交換留学のプロセスを運営し、派遣・受け入れ学生に必要なサポートを提供することがどれほどのご苦労だったか、想像もつきません。この貴重な機会を本当にありがとうございました。より多くの学生が CAMPUS Asia プログラムを活用し、それぞれの期待とニーズを満たしてくれることを願っています。
< それぞれ東京、北京、ソウルで暮らした場所から見た空の写真