長年抱いていた日本訪問の夢は、GraSPPへの入学によって実現した
日本は子どもの頃から私の憧れの地でした。父が、日本の魅力的な風景をあしらったカレンダーを家に持ち帰ってきたことを覚えています。それは私の心に消えない印象を残しました。日本の豊かな歴史、奥深い文化、技術の進歩、とりわけ戦争による荒廃からの目覚ましい復興を紹介する記事やニュース、テレビ番組に触れるうちに、この国への憧れはますます強くなっていきました。
私はネパールで教育を終えましたが、さらに学びたいという思いは満たされないままでした。2004年にネパールで政府の職に就き、その4年後、海外研修プログラムに選ばれたときは胸が躍りました。その機会が私を東京へと導いたのです。市川市に滞在し、各国から来た仲間たちと東京の周辺を見て回りました。故郷を離れての生活は大変でしたが、この国に深く飛び込もうという決意が勝りました。研修プログラムの一環として日本人の家族と絆を結ぶ機会にも恵まれ、この国とのつながりは深まりました。私は、必ず戻ってくるという決意を胸に日本を後にしました。
帰国後も仕事を続けました。数年後、日本の大学と奨学金制度について調べました。政策課題を専門に仕事をしてきたことから、GraSPPの政策研究の修士プログラムを見つけました。それは私のキャリア目標に完全に合致するものでした。知ってすぐに出願しました。
2012年5月、私は再び日本での短期研修プログラムに参加しました。東京に到着して間もなく、GraSPPから書類審査通過を知らせるメールが届き、本郷キャンパスでの面接に招かれました。講義や課題、そして混雑する新宿駅を経由する毎日の通学という厳しいスケジュールにもかかわらず、私の決意は揺るぎませんでした。ホームシックに襲われることもありましたが、面接の良い結果が私の進む道を確かなものにしてくれました。日本/世界銀行共同大学院奨学金(JJ/WBGSP)を得てMPPIPに入学することが決まり、長年の夢が現実になったのです。
多彩な授業と支えに満ちた環境が、大学院生としての生活を後押ししてくれた
GraSPPで過ごした日々は、私の人生の物語の中で最も美しい章のひとつとして際立っています。先代のビレンドラ国王が高等教育を受けたのと同じ大学に通えるという栄誉に、特別な誇りを感じた時期でもありました。教授陣は、心を奮い立たせるような学問的・職業的経歴を持つ、並外れて優れた方々ばかりでした。多彩な授業科目と革新的な教授法が相まって、真に教育的な環境が育まれていました。職員の方々や、さまざまな文化的背景を持つ友人たちは支えになってくれました。これらは、いかなる名門教育機関にも不可欠な要素だと思います。GraSPPはそのすべてを備えていました。
しかし、私と学生仲間の多くとの年齢差のせいで、時折気まずい思いをすることもありました。当時私は34歳で、かわいい4歳の娘と素晴らしい妻と暮らしていました。バックパックを背負って大学院生という役割を引き受け、毎日教室の間を行き来し、駅や校舎へと急ぎ、課題の締め切りに追われていました。必修科目の中には私にとってまったく初めての内容のものもあり、理解するのに苦労しました。それでも私は全力を尽くしました。あの時期に支えてくださったすべての先生方、友人、職員の皆さんには、今も深く感謝しています。
授業の多くは私を勇気づけてくれました。GraSPPの際立った特長のひとつは、自分の関心と能力に合った授業を選べることです。政策立案者としての私のキャリアに特に関係の深い授業もいくつかありました。林良造教授の「Analysis of Japanese Economic Policy Making Process(日本の経済政策形成過程の分析)」、小川直宏教授の「Population Aging and Generational Economy(人口高齢化と世代経済)」、前田健太郎教授の「Politics and Public Policy(政治と公共政策)」、イヴ・ティベルギアン教授の「Global Governance(グローバル・ガバナンス)」、樋渡展洋教授の「International Political Economy(国際政治経済学)」などで、私はそのすべてを履修しました。林良造教授は私に強い印象を残しました。政府での勤務経験をお持ちで、公共部門の政策形成について実務・理論の両面にわたる豊富な知識を備えていました。私は林教授のもとで2つの授業を履修し、研究論文の指導まで引き受けていただいたことを光栄に思っています。もうひとつ忘れられないのは、鎌江伊三夫教授の「Institutions and Methods of Health Technology Assessment in Healthcare Policy(医療政策における医療技術評価の制度と手法)」という授業です。母国の医療政策が不十分であることから、日本の医療制度をより良く理解するためにこの授業を選びました。注目すべきことに、教授はヨーロッパ3か国への訪問を組み込んだ授業を設計しており、世界最高水準の医療制度への洞察を与えてくれました。
日本ならではの文化の教えが、深い学びの経験をもたらしてくれる
日本社会は、規律と社会的結束を重んじる点で、世界の他の社会とは際立って異なります。日本で学ぶことは、世界最高水準の教育を受けるだけにとどまりません。家族、社会、国家をどう編成するかという日本流のあり方を理解する、またとない機会でもあるのです。よそ者(「ガイジン」)であっても、孤独を感じることはあれ、不安を感じることは決してありません。日本の市民一人ひとりの誠実さ、規律、勤勉さが、深い学びの経験を与えてくれます。
どんなに小さな行いにも意味があるという考えが、日本には深く根づいています。数週間前にコピー機に置き忘れた小銭を、コンビニエンスストアの店員さんが慌てて返しに来てくれたことを覚えています。この誠実さの表れには驚かされました。住まいの近くには農地があり、番人のいない野菜の小屋がありました。人々は自由に野菜を持ち帰り、箱にお金を入れていく。信頼に基づく仕組みです。こうした実例は、どんな教育機関の授業よりも価値のある教訓を与えてくれました。
GraSPPと東京大学は、私の人生において深い意味を持っています。そこで得た知識は、直接的にも間接的にも、今なお私の仕事と私生活に役立ち続けています。このデジタル時代、情報や知識はさまざまな媒体から得られますが、日本で学んだ経験は格別なものでした。日本の倫理、道徳、価値観を理解するには、この国にどっぷりと身を置くことが必要なのです。
GraSPP生であったことへの誇り―鮮明な記憶と世界中とのつながりは今も残る
もうひとつの良かった点は、東京大学の学生であることの誇りです。母国でも海外でも、日本の方に「トウダイノガクセイ」と自己紹介すると、敬意と驚きに満ちた反応が返ってきます。高等教育の場としてGraSPPを選んだことに、私は大きな満足を感じています。東大での日々から10年近く経った今でも、あらゆる瞬間を鮮明に思い出します。教室、教授陣、職員の皆さん、学生仲間、安田講堂、赤門、図書館、食堂、コンビニエンスストア、三四郎池、生命力あふれる木々、魅力的な公園、湯島駅、千代田線、行き交う人混み、すし詰めの電車、見た目にも美しく美味な料理、雪、桜の季節、そして「ハナビ」——これらの記憶はすべて、今も色あせません。
GraSPPに入学することは、単に学生になること以上の意味を持ちます。それは大きな家族の一員になるということです。この旅を通じて、世界のさまざまな地域から来た人々との絆が生まれ、GraSPPはその絆を育み、強めることを積極的に支援してくれます。この点で、かつてのGraSPPの学生たちを心から気にかけてくださる西沢利郎教授に触れておきたいと思います。教授は、どれだけ時間が経っていても、私たち修了生が再びつながり合うよう常に促してくださいます。説明会のためにカトマンズを訪れた際の教授との時間は、いつも喜ばしい経験でした。さらに、定期的な会報やプログラムの最新情報、同窓会の集まりを通じて、つながりを保ちやすくなっています。
まとめると、これまでとは異なる学問的・社会的視点を与えてくれる高等教育の経験を求める人にとって、日本の大学は説得力のある選択肢です。さらに、公共政策に関わるキャリアを志すのであれば、私は最有力の選択肢としてGraSPPを心からお勧めします。